読売新聞社が米AI企業Perplexityを著作権侵害で提訴し、差止めと約21億6800万円の賠償を求める事案が2025年8月7日に明らかになりました。同社は「生成AIの検索サービス『Perplexity AI』が、読売新聞オンライン(YOL)の記事や写真を無断で複製・利用している」と主張しています。国内大手メディアによるAI検索サービスへの初の本格的な法的対応として、業界に大きな波紋を呼んでいます。
出典:読売新聞
提訴の詳細と法的構成—著作権法21条・23条の適用と営業損害
本訴訟は著作権法第21条(複製権)と第23条(公衆送信権・送信可能化権)侵害に加え、「ゼロクリック」による営業上の損害を不法行為として構成する二層構造を採用しています。文化庁の「AIと著作権に関する考え方」では、情報解析の例外(30条の4)も「権利者の利益を不当に害する」場合は適用外とされており、今回のケースでは例外規定の適用が争点となる可能性があります。
対象は2025年2月から6月の約11万9467本の記事で、損害算定は「通常許諾料相当の積み上げ」を基礎とした約21億6800万円が請求されています。この技術的取得行為と表示設計による送客減を一体として評価する新型紛争として、法的判断の先例性が注目されています。
出典:日本経済新聞
robots.txt無視問題—Cloudflareが指摘する「ステルスクローリング」
Perplexityは公式にrobots.txtの遵守を表明している一方で、インフラ大手Cloudflareが「ステルスクローリング」による回避行為を公式ブログで名指し批判する事態となっています。Cloudflareの技術分析によると、「未申告のユーザーエージェントやIPローテーション」を使用してno-crawl指定を回避した形跡があるとされ、技術的な透明性と実運用の整合性が問われています。
同社のヘルプセンターでは「PerplexityBotはrobots.txtを尊重する」と明記されているものの、実際の運用との乖離が指摘されているのが現状です。この技術的論点は、AI企業のクローリング手法の透明性向上と第三者監査の必要性を浮き彫りにしています。
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業界への波及効果—日本新聞協会の対応とゼロクリック問題
日本新聞協会は2025年6月に「AI事業者に対してrobots.txt等の明確な意思表示を尊重し、クローラーのユーザーエージェント開示など透明性強化を要請する」声明を発表しており、業界全体でAI対応の統一見解が形成されつつあります。この背景には、AI要約の普及が報道機関の流入減少に直結する構造的問題があります。
SparkToroの調査によると、米国では検索の58.5%、EUでは59.7%が「ゼロクリック検索」となっており、ユーザーが元のサイトを訪問することなく情報を得られる状況が常態化しています。IAB Tech Labでも「AIスクレイピングと出版社の収益保護」がアジェンダとして浮上し、技術的・契約的ガードレールの整備が急務となっています。
国内外で「クローリング透明化+ライセンス層別化」による解決モデルの実装競争が始まっており、メディア業界の今後を大きく左右する重要な転換点となっています。
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Perplexity社の反応と技術仕様の矛盾
Perplexity社のAPAC責任者はNHK WORLD-JAPANの取材に対し「日本で誤解を招いたことについて遺憾に思う」とコメントし、「出版社との新しいパートナーシップモデルを構築したい」との協力姿勢を表明しています。しかし、同社の公式文書では「PerplexityBotがrobots.txtを遵守する」と明記されている一方で、Cloudflareの技術的指摘との間に説明の齟齬が生じているのが実情です。
ユーザー起因のフェッチやプロキシ経由取得の扱いなど、境界設計の透明性と監査可能性が技術実装上の課題として浮上しています。説明責任の履行と第三者による検証体制の構築が、信頼性回復の鍵となるでしょう。
関連記事:AI企業のクローリング透明性とガバナンス
国際的な類似事例と法的動向—NYTvsOpenAI判決の影響
米国では2023年12月のNYT v. OpenAI/Microsoft訴訟が最大の前例となっており、2025年4月の連邦地裁判断では一部主張が引き続き審理対象とされ、AI学習と著作権の関係が継続審理されています。この判例は、AI企業と報道機関の関係性を規定する重要な基準となる可能性があります。
欧州では2024年8月施行のAI ActとDSM指令の二層構造で、GPAI(汎用AI)事業者に対する透明性義務と著作権者のオプトアウト権が制度化されています。特に、機械可読なオプトアウト(robots.txtやメタデータ等)の技術要件が明確化されており、グローバルスタンダードの確立が進んでいます。
アジアでは中国・広州でAI生成画像の著作権侵害を認容し事業者責任を認めた判断例があり、韓国でもAI規制枠組みの整理が進行しています。本訴訟の結果は、アジア太平洋地域におけるAIと著作権の関係性に国際的な影響を与える可能性が高いとされています。
ライセンシング潮流と新たなビジネスモデル
大手メディア企業とAI企業の間では包括ライセンス契約が急速に進展しており、AP通信、Financial Times、Axel Springer、News Corpなどが相次いでOpenAIとの契約を締結しています。これらの契約は訴訟を回避しながら新たな収益源を確保する戦略的な取り組みとして注目されています。
契約の特徴として、「学習・要約・全文利用の範囲別ライセンス×出典帰属義務×対価テーブル」という三層構造が一般的となっています。このモデルは技術革新の恩恵を享受しつつ、権利者への適正な対価還元を実現する枠組みとして評価されています。
日本でも同様の包括契約やAPI連携による解決モデルが現実的選択肢として浮上しており、技術革新と権利保護の両立を図る取り組みが期待されています。中長期的には、透明性のある出典表示と公平な利益配分システムの構築が持続可能な情報生態系の基盤となるでしょう。
関連記事:メディア・AI企業のライセンシング戦略
専門家の見解と技術倫理の観点
知的財産権の専門家は、この訴訟がAI時代の著作権保護の新基準を示す重要な判例になると分析しており、「技術の利便性と権利者保護のバランスを見直す契機」との評価が多数見られます。情報アクセス権の拡大と著作権保護・報道持続性の両立という規範目的から、最低限「取得経路の透明化・出典の即時表示・リンクの明示・オプトアウト尊重」が求められるとの見解が支配的です。
Yahoo!ニュースの朝日新聞記事では「生成AIと著作権をめぐる議論が本格化する可能性がある」と専門家コメントが紹介され、法的precedentの重要性が指摘されています。透明性・同意・適正対価・検証可能性という原則に沿った「責任ある要約エンジン」設計が、利用者便益と権利保護の均衡点となることが期待されています。
関連記事:AI倫理とメディア業界の課題
ユーザーと社会への長期的影響
一般ユーザーにとって、AI検索の利便性と質の高い報道継続の両立が今後のニュース体験を決定的に左右することになります。NDTVなど海外メディアでも「The lawsuit highlights the growing tension between AI companies and content creators over the use of copyrighted material」として国際的な関心事項として報じられ、コンテンツクリエイターとAI企業間の緊張関係が世界共通の課題として認識されています。
要約のみの提供が常態化すれば、報道機関の投資能力低下により情報品質の劣化が懸念され、民主主義の基盤となる高品質ジャーナリズムのサステナビリティが脅かされる可能性があります。最終的には、技術革新の恩恵を享受しつつ、報道機関が持続可能な運営を継続できる新たなエコシステムの構築が社会全体の利益となるでしょう。
この問題は単なる著作権侵害の訴訟を超えて、デジタル時代における情報流通のあり方そのものを問い直す重要な転換点となっています。
関連記事:デジタル時代のジャーナリズムと民主主義
参考・引用リンク一覧
- 読売新聞「生成AI『パープレキシティ』を提訴…読売新聞社、記事無断利用で21億円賠償請求」
- NHK「読売新聞 米IT企業を提訴 AI検索で記事を無断利用と主張」
- 時事通信「読売新聞、米IT企業を提訴=記事無断利用で21億円請求」
- 日本経済新聞「読売新聞、米ペプレクシティを提訴 AI検索で記事無断利用」
- NHK WORLD-JAPAN「Major Japanese newspaper sues AI search firm Perplexity」
- Nikkei Asia「Japanese newspaper Yomiuri sues Perplexity AI over copyright」
- Barron’s「Major Japan newspaper sues ‘free-riding’ AI firm Perplexity」
- NDTV「Japan Newspaper Accuses Perplexity AI Of Using 1.2 Lakh Articles Without Permission」
- Impress Watch「読売新聞がPerplexityを提訴。AI検索での記事無断利用で21億円の損害賠償を請求」
- Yahoo!ニュース(朝日新聞)「読売新聞、米企業を提訴 生成AIで記事無断利用と主張」
- 文化庁「AIと著作権に関する考え方」PDF資料
- 著作権法(e-Gov法令検索)
- Cloudflare公式ブログ「Perplexity is evading our bot detection」
- Perplexity公式ドキュメント「Bots and Crawlers」
- Perplexityヘルプセンター「robots.txtの遵守について」
- 日本新聞協会「AI事業者への要請声明」
- SparkToro「2024年ゼロクリック検索調査」
- NYT v. OpenAI訴状PDF
- SDNY連邦地裁判決書
- EU GPAIコード(汎用AI実施規範)
- AP通信×OpenAI契約発表
- Financial Times×OpenAI契約発表
- AdExchanger「IAB Tech LabのAIスクレイピング対策」
- TMI総合法律事務所「中国AI生成画像著作権判例」
- FNN「生成AIで記事や写真を無断利用と主張「読売新聞社がPerplexityを提訴」」